家族

父親に捨てられた日、大人になっても辛いことほど鮮明に覚えているものです

今年も敬老の日が近づいてきました。

母にとっては最低の夫だった人

私にとっては最低の父親だった人

生きていれば、今年81歳になります。

私が父親だった人の顔を最後に見たのが小学校3年生だったときですから、今は生きているか死んでいるかもわかりません。

心の中でずっと死んでいてほしいと願う父親との最低の思い出

今日は少し書いてみました。

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酒を飲んでは暴れる最低の夫・最低の父親

私の父親だった人は、最低の夫で最低の父親でした。

仕事はしない、たまに仕事に行けば日銭でもらったお金はすべて賭け事やお酒に消える

酒を飲んでは暴れ、母が必死で働いたお金をすべて使ってしまうような男でした。

子供のころのことなんて、たいして覚えていないといわれるかもしれませんが、恐怖や痛みの経験は、しっかりと心に残っているものです。

お腹が大きかった母を殴る蹴るしてお金を取り上げる父親

酒臭い息をさせながら私の頭を撫で、その横に立っている弟の顔が気にいらないと言っては、殴ろうとする父親

子供の私にとっては、外出中の陽気な父は好きでしたが、家に帰ってきた父親との時間は恐怖だったのです。

お腹いっぱいに食べられない、いつ殴られるかわからない

本当に最低の夫であり、最低の父親でした。

子供を置いて実家に連れ戻された母、酔っぱらいの父との生活

淋しい夕暮れ

私が3歳の時、身重だった母が実家に連れ戻されました。

私と弟2人は、父親と祖母が手放したがらなかったことと、母の将来を考えて父親のもとに残されました。

でも、父方の祖母は私たちの世話をすることはありません。

3歳と2歳の子供2人は、毎日飲んでふらちついている父親だけに任されます。

それでも、最初のころは酔っぱらいながらも帰ってきました。

たまに賭け事に勝つと気前よく美味しものを買ってきてはくれましたが、1日のうち空腹を満たすことができたのは保育園の給食だけ

弟とお腹がすくとお菓子が入っていた箱を開けては、どうにか空腹を我慢していた記憶があります。

私の幼い記憶の中には、ものすごく長い時間こんな生活をしていた気がしますが、実際は1ヵ月ほどだったそうです。

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3歳だった私が父親に突然捨てられた日

それがいつだったのか、どのくらいの時間だったのか全く覚えていません。

でも、はっきり覚えているのは、もう夜中は寒さを感じる季節だったことです。

ある日、酒臭い息をした父親が「今からお母ちゃんのところに行こう」と言って、私と弟を起こしました。

車に乗せられた私は「お母ちゃんに会えるぞ」という言葉が嬉しかったの覚えています。

母の実家についた父は、裏口に私と弟を立たせ小さな風呂敷包みを私に手渡し

「朝になったら、母ちゃんが戸を開けてくれるから大人しくしとけよ」といって、消えてしまいました。

2歳だった弟も3歳だった私も、本当にこの父親の言葉を守って、泣きもせず声も出さず朝が来て裏口の戸が開くのをただただ待っていました。

真っ暗な夜が明け、あたりが明るくなるころ、裏口が開き私達を見つけ祖母が慌てて家に入れてくれたのを覚えています。

お腹がすいていた私達が、久しぶりに食べて温かいご飯は今も忘れていません。

そして、顔や声はすっかり忘れてしまったのに、へらへらと酒臭い息で喋り消えていった父親の後ろ姿だけは、なぜか今も覚えています。

辛かった日々をなぜ私は覚えていて、そして忘れてしまったのか

子供の頃の記憶というものは、意外と覚えていないものらしいのですが、私にとって3歳までの辛かった経験は、なぜかしっかりと記憶に残っています。

お金がない母が、私と手をつないで遠くまでお米やパンの耳を買いに行ったこと

お腹がすいて、近所の畑の夏ミカンを見ていたこと

母がセーターをほどいて、ピンクのワンピースを編んでくれたこと

そして、当時すんでいた家の間取り

どうしようもなく辛かったあの日を、なぜか今も鮮明に覚えているのです。

ただ一つだけ、私が完全に忘れてしまったことがあります。

それは、母が子供を連れて死んでしまおうと川をずっと眺めていた時のことです。

私が20歳を過ぎ母からその話を聞いても、なぜか私にはまったく記憶がないのです。

もしかしたら思いつめた母の顔が怖くって、記憶から消してしまったのかもしれません。

私にとっての父親とは

父親に捨てられたあの日のシンとした空気は、捨てられて50年以上過ぎた今も忘れていません。

私にとって父親は、この世から消えて亡くなってほしい人間であり、心の中から消してしまいたい存在です。

でも、死んでいるのか生きているのか調べることはしません。

たとえ死んでいたとしても、私の心の中ならあの恐怖や悲しさは消えることはないはずだからです。

ときどき、許してあげることで心が軽くなるよと親切に言ってくる人もいますが、心の狭い私はあの父親にたいして許すということは一生できる気がしません。

ただただ、消えてほしいだけ・・・それだけです。

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