人生50年以上も生きていると、顔には生き方や考え方のようなものがでてくるようです。
20歳の顔は自然から授かったもの。
30歳の顔は自分の生き様。
だけど50歳の顔には、あなたの価値がにじみ出る。
ココ・シャネルの有名な言葉を目にするたびに、気になるのは50代の私の顔。
最近、久しぶりに会う人たちから「雰囲気が変わったね」と言われるようになりました。
離婚して生活が落ち着きだした今
私の顔はどんなふうに見えているのでしょうか?
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苦労が顔に出ない人ってどんな人?
あなたの身近に「苦労が顔に出ない人」っていますか?
私が50数年生きてきた中で「苦労が顔に出ない人」は、一番身近にいる70代の母です。
今から40数年前、まだ母子家庭が珍しかった時代、
「あんた、こんなに生活が苦しい時に笑って生きていけるなんて、どんなに図太いの」と、母はご近所さんや身内からもよく言われていたものです。
それでも、母は「泣いてもお金が入らないなら、笑っているほうがいいことがありそうな気がするから」と言って笑い飛ばしていました。
辛い人生を誰かのせいにしない生き方
離婚そして3人の子育てに必死になって生きてきたのに「苦労をしたことがない人」に見える母は、自分の人生のいろいろな問題を人のせいにしない人です。
いや、もしかしたら子供の前では決して口にしないだけで、心の中では思いっきり「私の人生の失敗は誰かのせいだ!!」と思っていたかもしれません。
でも、私の記憶の中では、それを言葉に出していた記憶がありません。
「そのうちいいことあるさ!」
「自分で決めた人生だからね」
これが口癖の母
私が小さなころ、生活は本当に苦しかったはずです。
でも、それなりに幸せな子供時代を送れたのは、間違いなく母の前向きな生き方のおかげ。
なのに、私はこの母の生き方をなにも学んではいなかったのです。
愚痴を言い続けた顔は不幸の塊のようでした
離婚して、これからは前向きに生きていこうと決めたのに、なかなか生活を立て直すことができなったころ
少しでも面白くないことや辛いことがあると、自分がいかに我慢して努力しているのか、グチグチと人にこぼすようになっていました。
愚痴をこぼせば心が軽くなるどころか、心はどんどん悪いほうばかりに向いてしまい
「周りは幸せな家庭ばかりなのに、なんで自分だけこんなに辛いの・・・」
「私が今つらい思いをしているのは、あの人たちのせい、私は何も悪くない・・・」
「明日のお金を心配しないといけないのは、あいつらのせいだ・・・」
いつも何かのせいにしていました。
あのころの私は、自分の身に起こった出来事を、まるで不幸の自慢大会のように話し
誰でもいいから「苦労が顔に出ちゃうほど辛いんだね」と、慰めてほしかったのだと思います。
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あの頃があったから、今の私がいる
愚痴をこぼし続け、暗くなっていた自分の顔
ある日、鏡を見た瞬間に、なんだか急に涙がぽろぽろと流れてきました。
「私が悪いんじゃない、私が悪いんじゃない」と、声も出さずに大泣きをしたのを今でも覚えています。
そして、その時に心の中に溜まりこんでいた愚痴もどこかにいってしまったのでしょう。
人生の中で失敗したと思っていた結婚生活だって
「あの辛さを経験したから、今の私は自由なんだ!」と、やっと考えを変えることができたのです。
人のせいにしない生き方を選べば、自分の顔を好きになれる
「生きていくのが辛いのは自分が悪いせいじゃない」と、人のせいにし続けていたころ
「そのうちいいことあるさ!」「自分で決めた人生だから」と、考え生きていこうと決めた後
こんな心の変化は、少しずつ私の顔を変えていたのでしょう。
久しぶりに会う友人からは「昔よりも、表情が柔らかくなったよね」とか「幸せそうになったね」と、言われるようになりました。
今の私の顔は、きっと誰の目から見ても「苦労を知らない人」に見えると思います。
そして、誰から見ても「幸せそう」に見える、今の私の顔が好きです。
50歳の顔には、あなたの価値がにじみ出る。
生き方や考え方が顔にでてくる50代
人生の後半、この先も穏やかで幸せな顔をして生きていきたいものです。